1872(明治5)年、我が国に鉄道が敷設されてからしばらくは、
ウォルサム、
エルジン、ゼニット等の外国製鉄道時計が使われていました。時代は流れ、昭和に入ると我が国の工業水準もかなり上がりました。それを踏まえて1929(昭和4)年、第二次若槻内閣の鉄道大臣・江木翼は、「鉄道事業ノ心臓部デモアル時刻管理ハ、全テ国産ノ時計デ行フベシ」という、方針を打ち出しました。その時に採用されたのが精工舎7石、通称19セイコーと呼ばれているものです。同時計のムーブを使用したものには他に、飛行時計、陸軍精密時計、海軍甲板時計や交換時計等がありました。また、同時計は満鉄にも納入され、
満鉄仕様は文字板に特徴がありました。精工舎の鉄道時計はムーブメントサイズが大きいため7石とはいえ、精度も高いもので同社の機械式鉄道時計は、我が国の鉄道員の必須アイテムとなりました。7石から21石となり、2針式から3針式に変わるなどのマイナーチェンジを行い、1971(昭和46)年までの42年間の長きに渡り製造されました。現在は精工舎の機械式鉄道時計は、高精度のクオーツ式鉄道時計に席を譲りました。コレクションの時計には
修理票が入っている物もあり、1950(昭和20)年代には廃棄処分となったことが分かりました。